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『人間味』は“意味”をつける前の会話に表れる
—マーケティングインサイトの手前にあるもの

ジムで聞いた、何気ない一言

最近、体形改善も兼ねてジムに通い始めました。
グループレッスンなので、20代前半のインストラクターから年配の参加者まで、
普段の仕事ではあまり接点のない人たちと自然に会話が生まれます。

仕事では企業の経営者やマーケティング担当者と話すことがほとんどなので、
こうした世代も立場も違う人たちと、何も気を遣わずに世間話ができる時間が、
とても心地いいと感じています。

先日も、レッスンの合間に「みなさん、Netflixは見ますか?」という話題になりました。

世代も立場も違う人たちが、
それぞれ好きなアニメやドラマを話しているだけでも少し面白かったのですが、
その中で20代前半のインストラクターの方がこんなことを話しました。

「私、難しいアニメわからないから、簡単なやつしか見ないんですよね。ハハハ」

その場は笑って終わりました。
でも、マーケターである私は、どうしても仕事と結びつけて考えてしまいます。
最近のアニメやドラマ、映画は、伏線や考察が前提になっているような作品も多く、
ストーリーを理解するだけでも頭を使います。そう考えると、「難しすぎて楽しめない」と感じている人も意外と多いのではないか。

自分たちがつくるプロモーションも、伝えたいことを詰め込みすぎず、
ぱっと見て伝わるものにしなければならない。最初は、そんなマーケティングのインサイトを得たような気がしました。

「マーケティングのインサイトは雑談の中にある」。
この考え方は間違っていないと思います。ただ、その会話が私に教えてくれたことは、それだけではありませんでした。

「意味のあること」があふれている時代

マーケティングの仕事をしていると、市場データや消費者調査、SNS分析など、日々たくさんの情報に触れます。
それらはもちろん重要ですし、私たちの仕事に欠かせないものです。
一方で、世の中全体を見渡してみても、
「意味のあること」が以前にも増して求められているように感じます。

ニュースのコメント欄では一般の人が法律や倫理について専門家のように語り、
SNSには仕事術やAI活用、生産性向上のノウハウが毎日のように流れてきます。AIに質問すれば、驚くほど論理的で整理された答えが返ってきます。

便利になった反面、「もっと意味のあることを言わなければ」「もっと価値のあることを書かなければ」という空気も強くなりました。
私自身、このブログを書く時でさえ、世の中にある情報よりも、
さらに意味のあることを書かなければいけないようなプレッシャーを感じることがあります。

でも、本当にそうなのでしょうか。

意味のないことには、価値はないのでしょうか。
例えば、「最近のアニメは難しい」と言えば、AIはきっと丁寧で正しい答えを返してくれるでしょう。
「こういう作品から見れば楽しめますよ」「好みの問題ですね」と、納得できる説明をしてくれるかもしれません。
でも、私があのジムの時間を好きだった理由は、そんな答えではありません。

「難しいアニメは見られないんですよね。ハハハ」

それで終わることです。誰も正解を教えようとせず、話を意味のある結論へ導こうともしない。
ただ、その人の何気ない一言をそのまま受け止め、笑って次の話題へ移っていく。

私は、意味のない会話が意味のないまま許される関係に、人間味を感じます。
何か有益なことを言わなくても、賢く見せなくても、その場にいられる。
そんな時間だからこそ、人は自然な感情や、その人らしさを見せられるのではないかと思うのです。

人間味は「意味のない会話」に表れる

先日、クライアントとの打ち合わせが始まる前、ワールドカップの話になりました。
「昨日の試合、見ました?」
「寝不足ですね。」
そこから、「ポルトガルじゃないですか」「いや、フランスが本命でしょう」と、それぞれ好き勝手なことを話していました。
お互いサッカーは好きです。でも、戦術やシステムの話は出てきません。
というか、そこまで詳しくありません。それでも、その数分間はとても楽しく、打ち合わせも自然な空気で始まりました。

家でも同じです。「今日、犬が白目をむいて、干物みたいにひっくり返って寝てたよ」

家族とそんな話をして、「なにそれ」と笑って終わる。それだけです。そこに深い意味はありません。
でも、私はそういう時間が好きです。

マーケットリサーチでは、私たちはどうしても「意味が語られている言葉」を拾いにいきます。
その理由を本音だと解釈し、そこからインサイトを探そうとします。
もちろん、それは大切な仕事です。

でも本当は、意味のない会話の中にこそ、その人らしさや人間味が表れているのではないでしょうか。

「難しいアニメは見られない」「サッカー面白かったですね」「犬が変な寝方をしていた」
どれもマーケティングとは関係のない話です。でも、その一言には、その人の価値観や感情が自然とにじみ出ています。
本人も意識していないような本音や違和感は、案外そういう何気ない会話の中に隠れているように思うのです。

Human Oriented Marketingが大切にしていること

以前から、カフェをやってみたいという構想があります。
なぜカフェなのかと聞かれると、世の中にあふれている意味のない会話を、身近で見られる距離にいたいからです。

仕事帰りに今日あった出来事を話したり、恋愛の話をしたり、「暑いですね」と笑ったり。
誰かが正解を教えるわけでもなく、「ふふふ」と笑って終わる。そんな会話がカフェの中で流れています。

私は、そういう時間に触れていることが、
マーケターとしての感覚や感性を育ててくれるのではないかと思っています。

もちろん、意味のある分析も、意味のある提案も、意味のある戦略も必要です。それが私たちの仕事です。
でも、その出発点は、もっと何気ないところにあるのではないでしょうか。
企業や商品の背景にある人の想いを見つけること。まだ言葉になっていない価値を見つけること。
そして、その価値を人の感性へ届け、新しい体験へとつないでいくこと。


私たちがHuman Oriented Marketingで大切にしているのは、そうした人の感情や感性に耳を傾ける姿勢です。

AIによって、意味のある情報はこれからますます増えていくでしょう。
だからこそ、人が何気なく笑い合い、「それでいいよね」と終われるような意味のない会話は、これからもっと価値を持つのではないかと思います。

私たちがHuman Oriented Marketingで向き合いたいのは、商品や市場の前にある「人」です。
そして、その人らしさは、意味のある答えの中ではなく、意味のない会話の中にこそ自然と表れるのではないか。最近はそんなことを考えています。