「いわゆわない」という編集
─人の言葉に宿る温度を、消さずに届けるために
言葉を整理したら、大事なものまで消えていた
先日、あるブランドのSNS動画を制作していた時のことです。私たちは動画の企画を考える際、ブランドの担当者や商品開発者に質問シートを送り、商品に込めた想いや開発の背景、実際に使う人にどのような気持ちになってほしいのかを聞いています。そこで返ってきた言葉をもとに、動画の構成やコピーを組み立てていくのですが、チームがまとめた案を見て、少し調整をお願いしました。
担当者から寄せられた回答には、その人ならではの実感や、商品をつくってきた人だからこそ語れる細かなニュアンスが含まれていました。しかし、動画として伝わりやすくしようと整理していくうちに、それらが「おしゃれを妥協しないための商品」という、わかりやすい一つのメッセージに置き換えられていたのです。
内容として間違っているわけではありませんし、むしろマーケティングの現場では、情報を短く整理し、伝わる言葉へ変換することが求められます。それでも、もとの回答にあったその人らしい言葉の揺れや、商品への熱まで、少しきれいに整えすぎているように感じました。
私たちのチームでは、こうして相手の言葉を「それは、いわゆる〇〇ですね」と早い段階で言い換えてしまうことを、「いわゆう」と呼んでいます。そして、誰かの言葉や行動をすぐに一般的な概念へ置き換えず、まずはそのまま受け止めようとする姿勢を「いわゆわない」と表現しています。
人は誰かの話を聞くと、理解するために、自分がすでに知っている言葉や枠組みに当てはめようとします。
「つまり、こういうことですね」「これは、いわゆる〇〇ですね」と整理できると、わかったような安心感も得られます。
もちろん、複雑な情報を理解しやすくするためには、要約や編集が必要です。しかし、誰かの発話を「つまり」と言い換えた瞬間に、その人が本当に話していたものとは、少し違うものになってしまうことがあります。
そこにあった迷いや、言葉を探している時間、話しているうちに少しずつ熱を帯びていく様子。その人にとっては重要でも、一般的なマーケティングの言葉では説明しにくい感覚。そうしたものは、きれいに整理された言葉の外側へこぼれ落ちやすいものです。私たちが「いわゆわない」ことを意識しているのは、言葉を編集しないためではありません。
編集する前に、そこに何があったのかを見失わないためです。
編集とは、温度を消さずに届く形へ整えること
編集というと、複雑な情報を整理し、余分な部分を削り、わかりやすいメッセージに仕上げる仕事だと考えられがちです。実際、SNS動画や広告では伝えられる時間も文字数も限られているため、すべてをそのまま出すことはできません。見る人に届く構成を考え、情報に順序をつけ、必要に応じて言葉を短くすることは、編集に欠かせない仕事です。
ただ、私たちがHuman Oriented Marketingの中で考える編集は、もとの素材からまったく別のものをつくることではありません。そこで生まれた感情や言葉を、相手に受け取ってもらえる状態へ整えることです。
料理にたとえるなら、素材を使って別の料理へつくり変えるというより、できあがった料理を、最もおいしく感じられる温度で届けることに近いのかもしれません。
熱すぎるまま出せば、食べる人には受け取りにくいことがあります。反対に、誰にでも食べやすいようにと冷ましすぎれば、できたての魅力は失われます。編集によって温度を整えることはあっても、温度そのものまで消してはいけない。
質問に答えてくれた担当者の言葉を、耳あたりのよい一般論へ置き換えるのではなく、その人がなぜその言葉を選んだのかを考えながら、伝わる形を探していく。
それが、私たちの考える編集です。
そのため、インタビューや質問シートでも、最初から欲しい答えへ誘導しないことが大切になります。こちらが「この商品の魅力は、いわゆる〇〇ですよね」と仮説を提示してしまえば、相手もその枠の中で回答しようとします。すると、企画する側がすでに知っている言葉は集まっても、その人しか持っていない経験や意外な視点は出てきにくくなります。
もちろん、企画には仮説も必要ですし、伝わるように整理することも大切です。でも、最初にこちらが「つまり、こういうことですね」と言ってしまうと、相手もその枠に合わせて話し始めます。
だからこそ、一度返ってきた言葉を、そのまま受け止めてみる。その人がどんな言葉を選び、どんな表現をしたのかを、できるだけそのまま見てみるようにしています。
そこには、私たちが最初に考えていた切り口とは違う発見が隠れていることがあります。
生のものに触れにくい時代だからこそ
最近、マーケットリサーチをしていても、同じことを感じます。リサーチャーが整理してくれた資料を読んでいるうちに、「生のデータも見せてもらえますか」とお願いすることが増えました。整理された情報はもちろん役に立ちます。
でも、そのデータがどんな言葉や表情から生まれたのかを知らないままでは、本当に人や今のマーケットを理解したことにはならない気がするのです。
SNSも動画も口コミも、私たちが日々触れている情報の多くは、誰かが編集したものです。AIによる要約や分析も当たり前になり、便利さは増しました。その一方で、編集される前の言葉や、その場でしか生まれない温度に触れる機会は、少しずつ減っているようにも感じています。
だから私たちは、少し遠回りでも、生の声に近づこうとします。質問シートに書かれた長い回答を読むこと。インタビューで言葉を選びながら話してくれた内容に耳を傾けること。すぐに「つまり」「いわゆる」と整理せず、その人が本当に伝えたかったことを、もう少しそのまま受け止めてみることです。
Redcherryでは、そんな「いわゆわない」姿勢を大切にしています。この言葉には、「相手の言葉を、自分の知っている言葉へ急いで置き換えない」という、チームの小さな約束が込められています。
目の前にいる人の言葉を最後まで聞き、その人が持っている温度をできるだけ消さずに届けようとすること。
私たちは、そんな編集の姿勢を、人間味マーケティングを支える一つのカルチャーとして、大切にしています。